徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

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魔女の宅急便 感想文

初めて一日に2本映画観た。自己ベスト。

 

魔女の宅急便 [DVD]

魔女の宅急便 [DVD]

 

 

皆さんご存知ジブリでございます。今まで、小学3年だか4年の頃に千と千尋の神隠しを母親とみて、それっきりジブリをきちんと見たことがなかった。金曜ロードショーで、ラピュタやる度に見ようと思うんだけれど、毎度失念のバルスにやられて観たためしがない。どうせアップサイドダウンなんて当たるか外れるかもわからないような映画を借りるなら、間違いない大王道も借りようと。一念発起した。

 

あらすじ

恐らく大半の国民がわかっているのであろうあらすじ。

主人公のキキが一人前の魔女になるために、知らない街に修行に出る。その街で、ひょんなことから宅配業を始める。宅配をしながら、ちょっとした事件だったり、恋心だったり、魔力の減退だったり、いろいろな経験を通して一人前の魔女に近づいていくヒューマンドラマである。

なんてまとめやすいのだ。アップサイドダウンとは全然違う。

 

感想

上京したての気持ちを、久々に味わった。ジンジンした。

キキが初めて新しい街に降り立ったとき、街の喧騒と人の冷たさに相当へこむ。へこんでる時に、後に仲良くなるトンボと初めて出会うのがまた皮肉なものなのだが。

いやはや、この町に一人ぼっち感は上京した人ならある程度共有できる感覚だろう。上京じゃなくても、実家から遠く離れて生活をしたことがあるならわかるはずだ。人はいるのに、誰もいないような。数と質が全く釣り合わないような、人。家に帰れど街に出れど一人。黙っているのは嫌だからとりあえず街を出歩くけど、何もできず、誰にも会わず、家に帰って、一人。

悲しいとも寂しいともつかないあの感覚を、久々に思い出した。今でこそ慣れて、寂しさより暇さが勝つ休日を過ごせてはいるが、当時今日みたいな休日を過ごしたらもうどうかしてしまってたに違いない。寂しくて。悲しくて。

またフィードバックしたのが、キキの面倒を見てくれることとなった街のパン屋さんのおかみさん、おソノさん。なんと、我が東京最初の家の大家さんの名前もソノさんだった。作中のおソノさんは身ごもっている若い女性で、うちの大家のソノさんは二人の娘と数人の孫を持つ85歳の女性という違いはあるが。

しかしシンパシーを感じるには十分の材料だった。

最後の最後、エンドロールで仕事に励むキキが映るのだが、その充実具合もわかる気がした。やはり人間どこかに軸足が定まると強い。安心して自分の存在が誇示できるコミュニティに出会えると、途端に生活が活き活きする。生活に張りが出るって言葉もあるけど、一点がしっかり定まらないことにはピンと張れないしね。なるほど言葉の妙。

逆に今だからこそ、あーわかるよキキって同情満点で見れたけど、これ寂し悲しの渦中で見てたら、物語後半、怒涛のとんとん拍子に嫉妬していただろう。キキがこんなにうまく行くのに俺は…なんて卑屈になっていたこと請け合いである。

独り暮らしに悩む人にはあまりすすめられない映画かもしれない。

 

また、音楽が秀逸。「海の見える街」は、久石穣作品の中でもトップクラスのノスタルジーを感じられる。語れるほど聞いていないが。

ジブリこんなに音楽良いならもっと見ようかなって気も起きた。久石じゃない。頻繁石になりそう。あぁもうわけわからん。眠い。

 

まとめ

むしろ今日のまとめ。

種類の違う映画を二つ見たが、芸術作品たるもの、何かを訴求したくて生み出されているはずで、そのインパクトが強い作品ほど、名作として残って行くんだろうなと感じた。その点、アップサイドダウンはちょっと弱いのかもしれない。しかし先述のスーパー美麗マウンテンシーンのインパクトのおかげで猛烈に印象に残っている。

表現方法が違うだけで、俳句も歌も絵も映画も彫刻も、伝えたいことを伝える手段として括れば同じなのだ。色々なところからヒントをもらって自分の創作活動に生かしていこうとか思っちゃうけど、今しばらくはキキの心情にジンジンしていたい。

次に映画を見るのはいつになるやら。