徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

髪の毛と埃

きゃつらはいったいどこから湧いてくるんだ。石油が枯渇するとかごたごた言ってるくらいなら、さっさと埃を燃料に電気でもなんでも作る技術を発明してくれ。頼むサイエンシスト。

恐ろしきは毛である。どう考えても心当たりのないものが落ちてたりする。インスタントにDNA鑑定でもできれば、何処の何某の仕業かわかるのだが。あり得ない長さだったりあり得ない場所に奴らは何食わぬ顔で落ちている。こちらもコロコロで対抗するのだが、コロコロした先からハラハラと抜けていく髪の毛があるからして、ココロは穏やかではない。

一方、湿度が上がれば埃は舞わないらしい。じゃあほんの少しだけジメっとさせようかと思うが、それはそれでカビとの第二ラウンドが待っている。実家の母がカビとの戦いで疲弊しきって、アレルギーパラダイスに陥ったのを目の当たりにしてきたので、カビが生えるくらいなら埃の方がいいかとも思う。しかしいざ目の前で髪の毛と埃がいちゃいちゃと絡まり合って仲睦まじくメイキングラブしているのを見ると、霧吹きで身重にさせてから処分したくなってしまう。

モデルルームのような家がある。生活をしているのにもかかわらず綺麗な家。あれはどういうシステムで構築されているのだろうか。鴨の遊泳のように、水面下でバタバタともがき続けた結果の美しさなのだろうか。ただ、僕の部屋は努力が足りないだけなのだろうか。

冬のある晴れた日、低く廻る太陽に照らされた我が家には、ともすれば美しく埃が舞う。綺麗なバラにはトゲがあるように、舞い上がる埃にもまた面倒臭さが伴う。感傷も叙情も、現実的な野暮ったさには敵わない。

そうだ、水拭きをしてみよう。思い立っては見たものの、決意した途端にどうしてか部屋は綺麗に見えだす。水拭きするまで汚れてなくないか?思ったより埃とか舞ってなくないか?

ものぐさ太郎と綺麗にしたい太郎の狭間で、ゆらりゆらりゆられ続けるのだ。ひらりひらり空中浮遊する埃のように。はらりはらりと落ちる髪の毛のように