徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

羞恥と惨めの記憶

恥ずかしいとか惨めとかの記憶ほど、頭の深く深くまで定着するものはない。英単語や数学の定理が羞恥とセットで常に覚えられたのならどれだけの万能戦士になれていたろう。羞恥に塗れすぎて心が持たなかったかもしれない。

幼稚園の頃ですら、羞恥の記憶がある。

 

襟たってるよ!直しな!襟!

年長さんの頃の担任だった稲垣先生に僕は言われた。雨の日だったと思う。カッパを着ようとした時に中のポロシャツの襟が立っていたんだった。確かそうだ。

僕は襟がわからなかった。襟?襟とは…?多分服のことを言っていることはわかった。けど、襟がどの部位を示しているのかが全くわからず、バッターボックスに向かってサインを送る野球の監督かのように体じゅうをペタペタ触った。わからない。襟がわからない。

見かねた稲垣先生が助け舟を出す。

こうすけ!襟直してあげな!

僕はこうすけに襟を直してもらった。こうすけは迷うことなく襟をひっつかんで折りたたんだ。僕はなるほど襟とはこの部分だったかと学ぶとともに、襟を知らなかった自分を大いに恥じた。襟を探してペタペタしてしまった数秒間。その間、僕は公衆の面前で襟がわからない人になった。そこに襟を知っているこうすけが登場して、直された。僕にとっては猛烈に恥ずかしい体験だったようで、今でもよく覚えている。襟を学んだ日だった。

 

小学生に上がって、いじられる・いじめられるようなことが増えた。剥き出しの子供達のいじりは時に酷い。体は大きかったが気は小さかったので、僕は大人しくいじりの対象になった。

小学三年生の自由研究で、比較的精巧なピラミッドを作成した。紙粘土でできたピラミッド。キャップストーンまで忠実に再現したそれを学校に持って行った際、キャップストーンを盗まれたことを僕は今も鮮明に覚えている。どういうわけか母を学校の玄関に待たせていた。それなのに友達にキャップストーンを取られてしまった。取り返さないといけないけど、母が玄関で待っているから早くそっちにも行かないといけない。僕の手の届かないところで友人たちに投げられ、宙を飛び交うキャップストーン。惨めだった。恐怖はない、ただ、悔しい。惨めだ。今でもたまに思い出して、悲しい気分になる。

 

学びがある記憶ならいい。襟の場所を知ったり、ルールを学んだり、読み方を知ったり。一つでも学びがある羞恥や惨めさにはきっと意味がある。でも。大切にしていた筆箱をぐにゃぐにゃに曲げられたところから何を学ぶのだろうか。ジャージのズボンを下ろされた彼はあの惨めさから何を学んだのだろうか。ある日突然給食の輪から外された彼女は。

それは学びがなく、ただ惨めで悔しくて悲しいだけだ。たまに思い出しては胸や頭を掻きむしりたくなる。いてもたってもいられなくなる。

 

何とは言わないけれど最近とても恥ずかしい思いをした。それは無知を喉元に突きつけられ、良識の銃口をこめかみに向けられたような体験であった。きっとしばらくしたら掻きむしり体験に繋がっていくんだろうなと、なんとなく思っている。

命の炎が尽きる時、脳みそは走馬灯を見せてくれるらしい。この調子でいくと強烈なハイライトは羞恥と惨めだらけになりそうだ。襟ってここなんだよなぁ…って思いながら命果てていくのは幸せだろうか。どうなんだろうか。