正月、実家に帰った時、中学の頃あほほど遊んだ同級生たちと会った。
この記事だ。
その中の 一人が、ヒップホップに熱を上げていた。
正直、ヒップホップってなんだかよくわかっていなかったわけだ。Dragon Ashのkjがzeebraのフロウをまねしたからマジdisはんぱねぇ。みたいなことしかヒップホップの知識がなかった。浅はかながら。
しかし、基本的に言葉遊び大好き人間である。韻地団駄人間である。興味はあったわけだ。
極寒空の下で飲み明かし、そのヒップホッパーの荒れ果てた部屋にお邪魔した。そこでヒップホッパーはヒップホップのフリースタイルを見せてくれた。トラックを流し続けて、それに合わせて韻を踏みながら言葉を繋ぎまくる。
正直ビビった。
頭の回転が速いのか、韻踏みなれているのか、定型句があるのか。じっくり考えたらいくらでも韻踏めると思っていたけれど、流れ続ける音楽に合わせて言葉を合わせて即興韻を踏んでいくさまを目の当たりにするのはなかなか圧巻だった。
しばらく見てて思う。これ俺もできんじゃね?
やってみた。
できない。
二言三言は言えるんだ。しかしずっと口を動かすことがここまで難しいかと。途中から何語かわからない言葉をしゃべりだす。
先日のライブでもヒップホップをしている方と共演させてもらった。
フリースタイルではなかったんだけど、よくもまぁこんなに韻を踏むものだなと感心させられた。何の意味もない韻ではなく、メッセージ性が込められた韻。こんなの踏めない。
話を聞くと、どうやら韻という縛りがあることで表現の幅が広がるらしい。
なんとなくわからないでもない。この母音の並びで今の気持ちを表したいと考えるとき、自分の辞書から一歩踏み出した言葉が登場する。普段の会話では使わない言葉。その言葉を使わないと韻踏めないのもそうだし、使ってこそ表せる気持ちもある。
じっくり考えたらできるよね、きっと。
ただ即興でんなことやれったって無理だ。
練習のなかである程度の定型句を作って、困ったらその定型句に逃げ、その間必死に新たな韻を考えると。
突発的に謝る時とかも、一先ず「すみません」「申し訳ございません」って謝意を示してから考えを整えるだろう。それと一緒だ。たぶん。
頭をストップさせて韻踏めるようになったら、北見に帰ってブイブイ言わせたい。