徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

オロナインの便利さとにおいの折衷点

父はオロナインが好きである。頭の先からつま先まで、すべての外傷や吹き出物をオロナインでまかなっている。我が実家にはオロナインの大ボトルが常備され、父はそれを風呂上がりに全身に塗ったくる。髭を剃れば剃ったあとにも塗ったくる。ベタベタするだろうに、意に介さず塗ったくりまくる。父があまりにもオロナインを塗りすぎるから、僕はオロナインがあまり好きではなかった。ほぼ父の体臭としてインプットされているあの独特の匂いが、どうも苦手であった。

時が経ち。上京してきた僕は、それなりの怪我や吹き出物や肌荒れを起こしながら生きてきた。実家にいた頃は、擦り傷にはマキロン、化膿にはゲンタシン、虫刺されやかゆみにはムヒと、なるたけなるたけ適材適所の薬品使用を心がけていたものだが、いざ1人になると、大して使いもしない薬を買って、大量に常備しておくことがものすごく無駄に感じた。なにか、あらゆる不具合に効く薬はないものか…おろおろ…ないものか…おろ…ない…

オロナイン!

そうだ、オロナインがあった。オールインワンメディスン、オロナイン。父が大好きな、オロナイン。

思いついたものの、やはり最初は抵抗が先に立った。近親者の匂いが苦手なのは野生の摂理で、それがオロナインであったのである。無意識に嫌がる匂いを自ら手に取る勇気。相当の覚悟を必要とした。ただ便利さは何にも変えられない。僕はオロナインを手に取った。

それからというもの、おおよその体の不具合には皮膚の不具合にはオロナインで対応してきた。低温火傷で途轍もない痛手を負った時も、オロナインを塗った。後日、良い菌も殺してしまう最悪の処置法と知った。善も悪も幸も不幸もすべてオロナイン。僕も父の轍を進みだした。

しかしどうしても超えられない一線があった。オロナインの鼻腔投与である。これは厳しかった。なにせ僕にとっちゃ父を鼻に突っ込んでいるのと同義なのだ。悪魔的行為である。そうは言っても、鼻の穴にも吹き出物はできる。毎度逡巡した挙句、自力でなんとか治していた。

だが、この間、如何ともしがたい事態が起こったのだった。連日の鼻血だ。それも帰宅途中の電車内である。厄介極まりない。隣の人、前の人からドン引いた目で見られ、肩身狭い思いをしながらも止血に励んだが、2日続くとほとほと辟易であった。鼻の中が切れているのだろうか。耳鼻科か…?いや、この程度で耳鼻科もどうなのだろう。コストがかかりすぎやしないか。

目の前にあったのが、オロナインだった。

明日ももしかしたら車内で鼻血という公共の風紀を乱す行為をしてしまうかもしれない恐怖が、僕の右手をオロナインに伸ばさせたのだった。


鼻の穴に入れたオロナインは、ファーストインパクトは激しくオロナイン臭を残すも、しばらくしたらすーっと違和感は薄れていった。猛烈な父の存在が鼻を通り過ぎ、かさぶたを残して消えていった。

翌日、鼻血は出なかった。


【第2類医薬品】オロナインH軟膏 100g

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