徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

半額になった寿司の旨さについて

晩酌をしない人間が仕事終わりに至福を感じるのは紛れもなく食事の時であり、中でもこの「スーパーで半額になった寿司」に勝る幸せはない。

帰宅時間が24時を回らんとするころ、都会のオアシスである24時間営業のスーパーの惣菜コーナーは半額のシールで埋め尽くされる。まるで、僕らを待っていたかのように。

別に疲れているから牛丼でもいいし、疲れているからマックでもいいのだが、やつらは定価を喉元に突きつけてくる。元気な昼時に牛丼を食べても、疲れた真夜中に牛丼を食べても、いつも300円ちょっと。均したお得感だ。しかし、惣菜コーナーのお寿司は違う。価格が変わる。安くなる。昼食べると倍の値段がするものを、疲れた体を引きずりながらスーパーに寄ると半分の値段で買える。これはある種スーパーからのご褒美だと捉えられやしないか。「1日本当によく頑張った。君が働いたから、これだけのお金が生まれた。表して、半額にしてやろう!」ありがたい。頭が下がる思いである。

ぶっちゃけ最早それが廃棄ロスを回避するための無情なシール貼りだったとしても、僕は半額になった寿司を美味しいと思う。今日の一日が報われたと思う。それでいい。それでいいのだ。