徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

ハーフパイプとかビッグエアに対する憧れ

実家の近所に公園があった。

通称ビリビリ公園。滑り台を滑ると猛烈な静電気が巻き起こり、触るもの皆バチバチしてしまうことからビリビリ公園と呼ばれていた。

僕の家はビリビリ公園まで徒歩30秒もないところにある。近所には同年代くらいのちびっこがたくさんいて、毎日毎日夜になるまで遊んだものだった。晩御飯近くなると、誰かの母親が窓から顔を出して帰ってきなさいと呼ぶ。それを合図に各々の家に帰っていく。昔ながらの風景がそこにはあった。

いくつかの遊具と藤棚があった公園。子供達は得てして危ないことをしたがる。遊具の上を蜘蛛のように這い、猿のように飛び移る。運動神経でヒエラルキーが決まる小学生時代である。危険なことができる、すなわち、運動神経がいい。皆こぞって危ない川を渡りまくった。たくさん危ない思いをして、みんな元気に大人になっていったのだった。

 

スキーのビッグエアとかハーフパイプを見ていると、あの頃の青い気持ちが非常によく思い出される。

一発勝負、大ジャンプ台から思いっきり飛び出して最大限のトリックを繰り出すビッグエア。普通にスキーを滑るだけでは飽き足らず、急斜面に半円筒状のジャンプ台を作り、そこで飛び上がりながら下っていくハーフパイプ。

魔神ショーンホワイトや今日で言えばビッグエアの岩渕みたいな人に、僕はあの頃憧れていた。危険とかっこよさが表裏一体となった何かを追い求めて、毎日公園でアクロバットを重ねていたのだった。

 

もう、運動神経の勝負をすることは少なくなった。危ないこともしない。階段は登るものであり、手すりで遊び倒すものではない。頭でわかっている。理屈でやってはいけないし、できないことがわかっているからこそ、ハーフパイプが、ビッグエアが羨ましくて、魅力的に映るんだろう。

ダブルコーク。1440。

童心が疼く、冬季五輪である。