徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

マッサージ系のAVについて

保健体育の授業の中では高らかにヒトの3大欲求として掲げられる性欲である。人間社会においては秘められたものとして存在しており、誰もが、性欲なんかどこかに置いてきました!みたいな顔をして電車やらに乗って日々を過ごす。しかし、確実にそれは存在している。各々が各々の性欲と対峙し、日常に漏れ出さないよう押さえ込んでいるに過ぎない。どこかに置いてきたフリをしているそれは大体各家庭に置いてある。が、たまに酒の弾みで生体に内包されていたそれが飛び出てきて、一夜限りのとか、夜の街の風俗が賑わう。そんな感じだ。

この文脈を持って、AVを考えた時にオーディオビデオだと思った人は性欲を横四方堅めが何かで完璧に押さえ込んでいるのだろう。天晴。人間の理性が完璧に働いていますね。しかし、成人男性が語るAVといえば、文脈問わず、とりもなおさず、アダルトビデオの話である。

巻物と共に仕舞われた春画、ベッドの下のエロ本、ブックカバーをかけた官能小説、映画のDVDケースの中に隠されたAV。さまざまな形態を持って、成人男性とエロ産業は共に歩んできた。しかしネットが隆盛したいま、その方法はもっぱら無料動画サイトなるものであり、ネット環境さえ整っていれば玉石混合あらゆるアダルトコンテンツを視聴することができてしまう。YouTubeを見るも、パワポを作るも、無料AVを見るも、全部フレッツ光。NTT、恐るべし。

たくさんの裸と性が消費される無料動画サイト。一生かかっても見切れないほどの性に関わる動画が転がっている。男性諸君はよくわかるだろう。その中から、思春期より大切に大切に育ててきた自らの性癖に合致する動画を探し当てる。性のサルベージ、セクシャルサルベージ、セクサルとでも言おうか。この作業に睡眠時間をも削りながら勤しむ者も多い。寝不足の裏に潜んだ性。慰めを取るか、睡眠を取るか、悩ましいところですね。

僕も類にもれず様々拝見させていただいておりますが、基本、AVなど8割がごっこ遊びだ。中には自分たちが致しているところを好き好んで世の中に提供する性癖を持った方々もいるようだが、例外の範疇。AVの制作会社は色々やシチュエーションを考える。時には時間を止めたり、銀行強盗が性欲の権化だったり、マジックミラー張りの車通称マジックミラー号を走らせて羞恥の限りを尽くしたりする(企画ものと括られもする。)。よくもまぁここまで破茶滅茶な状況を考えつくものである。男女の関係性と人数と場所と状況が幾重もの場合分けを生み出し、星の数ほどのAVが生み出されている。

 

マッサージ系のAVというジャンルがある。その道では有名なジャンルであり、多くのアダルトサイトでは「マッサージ」でソートがかけられるレベルで一つの派閥を為している。ストーリーは簡単である。多くの場合、マッサージ師が男性で被施術者が女性。薄着で寝転んだ女性にマッサージを施していく。あれよあれよという間に際どいところまで手が伸び、女性は女性で嫌がるも、なんとなく易きに流れ、気がつけば取っ組み合いが始まる。モノによっては施術者と被施術者の性別が逆だったり、媚薬ミストを浴びせられておかしくなっちゃったり、まぁ亜種はたくさんあるが根幹のストーリーはそれでしかない。

何度も言うが、AVはフィクションの世界である。マッサージ師は言葉巧みにアダルトな方向に持っていき、嫌がりながら女性も同じ方向に突き進んでいく。これは同意の有無が争点になる物語ではない。スタート地点から同意しかないのだ。徹頭徹尾、敷かれたレール上を突き進む。

同意前提の施術中に男性マッサージ師がよく使う文言に、「滞り」がある。

滞ってますね。この辺りが滞ってますね。滞りがほぐれてきましたね。

なんだかわかるようなわからないような表現だが、滞りを振りかざしながらマッサージ師は触る触る。リンパなのか?ソコはリンパなのか?ありなところもあらぬところも色々触る。滞りをほぐしているはずなのに、気づけばマッサージ師も滞りなく服を脱ぎ、滞りなく行為を致す。滞りをほぐすという、滞りのない脚本回しに感嘆のため息が出そうである。

 

この、滞り。

AV中の「滞り」は、目に見えなければ実体のない、ただマッサージという日常とエロを結びつけるための補助線として機能していた。が、現下の浮世は補助線としてのような可愛い滞りっぷりではない。相当のスピードで走っていた車が突然急ブレーキをかけて、慣性の法則よろしく、さまざまなものが吹っ飛んでいる状態にある。出回っているお金の総量は変わらないのに、お金と物、人の動きが滞ったがために、水物の相場がガタガタと崩れ、実体を伴わない価値が消し飛ぶ。一つの動きが滞ると玉突きであらゆる動きが滞り、客がこない・人件費が払えない・給料が下がる・家賃が払えない・生きていけないと芋づる式に困難が降り注ぐ。繰り返すが、病が蔓延してるから一旦経済を滞らせとく方針に国が舵を切った、ただそれだけなのにだ。

「事情が事情なので滞らせましたが、病の蔓延が治まったらもう一度アクセル踏むので、それまで頑張って耐えてくださいね、辛抱して、また日常を取り戻しましょう。」などと言うちゃちな話ではないと、個人的には思っている。

およそ6000万年前、巨大隕石の衝突により氷河期が訪れた地球において、恐竜のように巨大な体躯を持ち燃費の悪い爬虫類は死に絶えた。多くの生命が絶滅していくなかで、現在まで繁栄を遂げたのが哺乳類である。当時はネズミに毛が生えたような存在だったが、燃費がよく、世代を重ねるのも早かったため、急速に進化を遂げて、環境に適応していった(理解が間違っているかもしれない。)。おそらく今、同様のパラダイムシフトが起こっている。人と物と金を循環させて利潤を生む世界が、大きく変化を遂げようとしている。変温動物か、恒温動物か。卵生か胎生か。生命として大きく異なる生き物が隆盛したように、この騒動の後には、全く異なる仕組みの経済が隆盛していくのではないか。

思えば、世に言う大企業は当時の恐竜的でもある。たくさんの物を売り、たくさんの人を雇い、たくさんの金を稼ぐ。顧客満足の果てに自己の利益が生まれるこのモデルは本当によくできた仕組みだと思う。だが、本当に利益率がいい企業や量的に圧倒できる企業以外は早晩堪えきれなくなる。

次の世はどうなるだろうか。

パッと思いつくのは情報産業で、NetflixやHuluはめちゃめちゃ儲かってきているらしいし、任天堂もSwitchが爆売れしている。ダウンロードにアップデート。物を使わない商売である。じゃあ人を使わない、動かさない商売とは何か、金を使わない、払わせない商売とは何か。そういう頭で考えていかないとこれからはいけない。

 

AVのマッサージ師が嘯く、「滞り」。僕たちは今、この「滞り」によりたくさんのものを失っている。やはり「滞り」はよくないな、解さなきゃな、と思う。しかし、AVのような既定路線ご都合主義の世の中ではない。何が起こるかもわからないし、何が正解かもわからない。

どう生き残るか、どう生きるかである。試されているなぁと、日々思う。