徒然雑草

踏みつけられるほどに育つ

人を見る仕事について

人事っぽい仕事に少し携わっている。就活戦線の火蓋が切られた4月より、当社に興味がありそうな学生たちに声をかけては会うようなナンパな仕事を何の気なしに振られた。折角やるならとぽつぽつと真摯に取り組んでいる次第である。

別に評価するわけじゃなく、どちらかといえば啓蒙活動に近い。うちの会社でできることや働いてみての感想をざっくばらんに話し、学生たちの悩みや質問にもまたざっくばらんに答える。自分を通して当社の雰囲気を知ってもらうわけで、売り手市場と言われる今年の就活市場を鑑みるとなかなかキチッとしなければならない仕事だったりする。

ただ、評価しなくてもいいと言われど、感想は抱く。この子と働きたいな、この子いいな。考え方がしっかりしていて、人付き合いに長けていそうな人。人間的に深みがあればなお良い。学生たちと会うたび、自分の価値観が育っていくようでもある。一方で、自分が理解できる人しかいいなと思わない器の小ささを突きつけられている気もする。

いいな、魅力的だな。この感情はいくつかの要素におそらく分けられる。

一つは、圧倒的な実力差がある場合だ。はるか上、全く知らない地平に生きる人間に対して、僕たちは魅力を感じる。もう一つ、それは共感だろう。似た者同士、理解し合える同士で繋がって行く。

会社の選考を受ける人間なんて結局能力に大きな差はない。ぶっちぎりで頭切れる優秀な金を落としたいマンがいるのかもしれないけど見たことがない。

そうなると、人事等選考をする側の感性が共感する人間ばかりを採るようになる。幸か不幸か。


類に漏れず僕がいいなと思う子は僕が理解し得る子しかいない。多様性多様性言っておきながら、多様性を図る尺度がないからこうなるわけであって…と話し出すと切りなくなるので、とりあえず大人しく寝ることとする。

コナンをBGMとして。

芝刈りの匂いとノスタルジー

最近、走っている。

気分が乗った時に気分が向いた方向に走っていく。3パターンくらいのコースがあって、どれも一長一短。交通量や舗装状況、距離なども鑑みて走るコースを決めている。

特に好きなのが海岸沿いのコースだ。浜辺のように開けた公園があり、そこまで走って行っては帰ってくる。おおよそ30分の血流促進だ。

この間走りに行ったとき、ノスタルジーな匂いがした。なんだったっけ、なんだったっけこの匂い…と頭の中の匂いメモリーボックスをひっくり返して探していたのだが、なんのことはない、芝刈りの匂いだった。電動芝刈り機を使って用務員のおじちゃんたちがヴィンヴィンと芝を刈っていく。積まれた草の山から青い匂いが漂っていた。


実家から歩いて30秒くらいのところに小さな公園がある。滑り台を滑ると帯電しまくって静電気が止まないことからビリビリ公園と呼ばれていた。

ビリビリ公園がどんな団体によって管理されている公園なのか当時の僕は知る由もなかったが、ある程度町内会で公園を見ていたのだと思う。ビリビリ公園の芝刈りも町内会の有志によって行われていた。

5月か6月、梅雨のない北海道の、初夏の陽気に包まれた日曜日。近所のお父さんたちが一斉に芝を刈る。小石とかが飛んでくるから、子供たちは近づけない。毎日のように遊んでいる公園だ。晴れた日曜日に遊びたくないはずがない。でも、公園には入れないから、なんとなく友達と集まってゲームしたりして遊ぶ。開けた窓からは芝刈りの音。芝刈り機の重低音が幾重にも重なり合って響く。次第に刈る芝がなくなってくると、ぽつりぽつりと芝刈り機の音の数が少なくなり、音量が小さくなり、フェードアウトしていってついに音がなくなる。僕たちは飛び出す。芝が刈られた後の公園は走りやすく、鬼ごっこをするにしても何をするにしても足が速くなったような気分になったものだった。芝刈りしたばかりの青い匂いの中、いつよりもすばしっこく動き回った記憶。でっかい図体をえっちらおっちら動かし、すばしっこさも果てたスローなジョギングをしながらでも、青い匂いは僕を当時の公園に運んでくれた。

思い出をついばみながら、また走る。

学びのための学び

学生時代、特別勤勉なわけではなかった。毎日復習やってたらどれだけ成績が上がっていただろうと今でも思う。勉強しないなら部活やるな走るなと部活の顧問に発破をかけられて、止むに止まれず勉強しだした高2の冬。数列の単元だけ復習を欠かさなかった。それだけで数学の偏差値が50ちょいから65とかまで上がった。こんなんだから未だにやればできるんじゃないかって思ってるところもあるし、でも当時出来なかったんだから多分また繰り返しても出来ないんだろうなと諦めてるところもある。なんだかんだ今の人生、今の選択しかできない気がしている。

当時、勉強に駆り立たせる動機付けってなんだったろう。目先のテストで良い点を取りたい気持ちはあったろうか。良い大学に入りたい、良い人生を送りたい。良い人生と勉強の繋がりってなんだ。そもそも良い大学ってなんだ。うちの母親は勉強とは可能性広げるためにある論者で、どんな自分にでも成れるように勉強しなさいって話を度々された。それもすごくよくわかる。

色々な動機付けが掠めては消え、結局どうなったかって、数列しか気合入れて勉強しなかったのだ。あらゆる動機づけは僕にとって功を奏さなかったと言える。友達から勧められて乗り気で始めたプログラミングも適当なところで止まってるし、英語なんてやろうとは思うけど微動だにしていない。

僕を突き動かす動機とはなんなのか。

少なくとも学びのための学びに対しては全く食指が動かない。強烈な目的が、内発的な動機付けが必要なのだ。


最近足りないものが多いなと思う。素直に学べばいい。だけど、やれない。中途半端な動機付けじゃできない。数列以外の数学みたいに。

ぴょいぴょい動機付けられる性格の人間こそ強いのかもしれない。学びのための学びでも面白がれればよかったのだが。

コンテンツからコミュニティに

昨日10年来の付き合いの旧友と会った。

10年なんて簡単に経つんだね、嘘みたいだね、あのときこんなことがあったあんなことがあった、今何してる。

ざっくばらんに飯を食いながらお話しすることやや三時間。話は尽きないが時間は尽きて行く。


旧友は大学時代からアイドルに傾倒し、今はメイドに埋没している。平たくいうとオタクである。しかしコミュ力は人並み以上にあるため、オタク界では存分に剛腕を振るっているようであった。

彼の語るメイドの世界は非常に魅力的に映った。

登場人物が膨大で頭の中を整理するのが大変だったが、一度理解しだすとメイドと客との群像劇は大変面白いもので、帰り際にはお前のそういう態度が良くないだとかそんなんだからメイドに愛想を尽かされるんだとか、劇の一視聴者としてアドバイスにも似たお節介をぶうぶうと嘯いた。


そんな中、コンテンツのコミュニティ化の是非についての話が出た。

某メイドカフェの重鎮となった彼。すでにカフェ界隈での友人は両手に余りまくるほどだという。

戦友、尊敬、侮蔑。

メイドの沼に共に浸かった同士、互いの推し方に対し悲喜交々の感情を抱きながら語らい、さらにメイドも巻き込んだ人間関係を形成し、いよいよもって深く深くまで鎮む。

オタクは自己満足だと彼は語っていたが、彼は先人の背中を見てオタ活に励み、また、彼の後ろ姿を見てオタ活の理想を追い求める人もいる。メイドに向かっているはずの視線がメイドに向かっている彼の視線に向かい、メイドに向かっている自分の視線に向かう。メタ化に次ぐメタ化。広がった視野はコミュニティを生み、コミュニティは協調性と競争力を生む。オタクかくあるべし。さまざまなオタクたちの姿を鑑みて育まれたそれぞれのオタク像を振りかざしてオタクたちはメイドに向かう。走り続けるオタクたちが吐き出すものはつまり、金だ。

金儲けを考えた時、コンテンツのコミュニティ化ほど力強いものはないなとつくづく思った。愛情や顕示欲をくすぐって金を落とさせ、協調性や競争心を煽って沼から出られなくさせる。しかも、中にいる人間たちは幸せなのだ。人間が抱く感情に全て金を付帯させて巻き込ませる。ゲバってる。ゲバゲバである。


年賀状や中元歳暮のような人間同士が相対する文化が息をひそめる一方、コンテンツに向かうそれぞれが紐帯を結ぶ文化が隆盛している。フェスとか、ああいうのもそうだろう。

世情だなと思う。

活き活きした彼の顔が眼に浮かぶ。メイドとの関係で苦しいのも嬉しいのも全部ひっくるめて、活き活きしていた。

理想の商売ってこういうことなんだろう。

また一つ考えた横浜の夜であった。

母ちゃんもやられた

なんと夫婦でインフル共倒れである。母ちゃんから妊娠検査薬のような写真が送られて来て、なんと念願の弟か妹でもできたかと騒ついたのだが、なんのことはないただのインフルだったようだ。いや、ただのインフルなんて生半可なインフルは世の中に無い。インフルはいつだって手強い。

実家のような家内制手工業において、体調不良は最大の敵だ。あらゆる稼ぎと経済が経営者の両肩に乗っている。引き継ぐ人もいなければ分け合う人もいない。四六時中商売の中で体調を崩す即ち経済が止まり仕事が止まることを示す。

実家のメンバーは4人。伯父、伯母、父、母。そのうち今回伯母、父、母の4名が病魔に倒れた。4ピースバンドのうち3人が不在のバンドを考えて見てほしい。阿鼻叫喚だろう。ライブは中止となるはずだ。しかし商売は止まらない。毎日が休めないライブ。

気が張っているからか皆そうそう体調を崩さないのだが、今回はあえなくダウンしてしまったようだ。

夫婦仲が良く、支えあいながら生きてきてるから親父が倒れても安心だなって記事を先ほど上梓したばかりだが、まさか共に寝込むほどに仲がいいとは思っていなかった。


看病にも行けず仕事も手伝えない情けない息子ですが、遠方より祈りを込めて。

早く良くなりますよう。

負けるな父ちゃん

うちの父ちゃんがインフルエンザになったという。今朝ほど母から連絡があった。

B型。38度まで行かないくらいの熱がじわじわ続いているらしい。だいぶ弱っていると聞かされて電話を代わった父ちゃんの声は確かに弱っていた。熱と節々の痛みで寝られていないらしい。苦しいね。そうだよね。

65歳。豊臣秀吉がカッピカピに干からびて死んだのが61歳なのを考えると、まずまずな年齢なことは確かだろう。何しろ不整脈持ちの親父である。疲れからの心房細動からの血栓できてどっか血管詰まるみたいな恐怖の役満が決まらないように息子としては願うばかりだ。

しかし、概ね安心している。

何しろうちの父ちゃんは若い。自営業の徳だろうか。ジーパンやチノパンで出歩く姿はよもや65のそれとは思えない。うちの会社で二度目の定年を迎えんとする65歳の方々とは比べ物にならない若さだ。やはり歯車の一つになってしまうのと、零細企業だとしてもエンジンでいるのとでは張りも違うのだろう。私服の雰囲気にも助けられてるかもしれないけれど。メッキでできた若さかもしれないけど、息子としては嬉しく思う。安心にも繋がる。

あと、何しろ母ちゃんがいる。

あなた方夫婦を見ていると息子ながら安心する。夫婦であり、自営業の経営者と同社のパートさん。仕事でも家でも四六時中一緒にいてよくもまあ疲れないものだ。お互いに人間がよく育っているのだろう。気のおけない仲が夫婦で確立できるのは羨ましい。お互いにスポーツが好きで、大谷の活躍に一喜一憂する。日ハムの開幕3連敗にもさぞやきもきしていたことだろう。テニスが始まれば大坂なおみに同じ視線を向けて、錦織圭の怪我の具合を心配する。仲がいいのだ。どっちかが倒れたらきっと助け合いながらやっていくに決まっている。

その昔、母ちゃんが全身蕁麻疹になって寝込んだ時、無性にカッパ巻きが食べたいと言った。父ちゃんはそれを聞いて、僕を連れて回転寿司屋さんのオードブルを買いに行った。当時は食べたいものを買ってきて食べさせてやることになんの不思議も感じなかったけど、大人になってみて、いろいろな夫婦がある事を知った。一人の人を思いやり続けることの難しさも知った。持ちつ持たれつやっていき続ける二人はすごい。

あのカッパ巻きの分はとっくに減価償却されてしまっているだろうけど、きっと今回は母ちゃんが父ちゃんにカッパ巻きを買ってくる番だ。日々に埋もれる無償のギブアンドテイクの一幕として。

 

体調不良になると健康・平穏がどれだけ貴重なことか痛感するからたまにはいいと思って、盛大に苦しむのも一興かもしれないね。ばあちゃんも天国で無病息災元気はつらつを願ってるよ、きっと。

東京より、エールを送ります。

ゾーンは泥酔と同義たり得るか

無我の境地

それは、大人気漫画テニスの王子様における概念である。

tenipuri-miya.com

 

無我の境地に入った越前リョーマを僕はジャンプの紙面で読んだ。試合中に大ピンチに陥ったリョーマが突然オーラに包まれ、英語しか喋らなくなった様を読んで心震えた。「まだまだだね」というキメ台詞が「You still have lots more to work on.」なんて表記になってて、マジで喋りにくそうだなって思った、ある日の思い出。

さて、無我の境地であるが、これは許斐剛によるゾーンの表現だとされている。

 

ゾーン

このあいだの冬季五輪中には度々耳にした。平たくいえば、「アスリートが極限の集中状態に置かれた際に到達する領域」である。何しろ極限なので、ゾーンに入っている時の記憶がなかったり、想像以上のパフォーマンスが出ることも知られている。

僕もアスリートの端くれとして何年か過ごしたが、あれは確実にゾーンだったなって瞬間が一度だけある。

2009年の国民体育大会北海道予選の決勝である。

決勝に向けてアップしていた時だった。スパイク履いて流しをして、いざ選手招集に向かおうという時、突然サングラスをかけたかのように視界の色が変わったのがわかった。別に世の中の色味が変わったところでどうってことはないのだけれど、僕はその時に決勝で勝つんだと変な確信を持った。走っていないのにである。

別に当時ぶっちぎりに強い選手だったわけじゃない。優勝は狙える位置にはいたけど、間違いなく勝てる勝負じゃなかった。なのに、確信を得て、やっぱり勝った。

あの視界の色が変わった状態がゾーンなんじゃないかと今でも思っている。

特にレース中の記憶がないとかではないが、その日のレースでは全く風を感じなかった。風力発電の羽がグルングルン回っているくらいの強風だったのにである。さらに勝利への確信と、何をしてもうまくいくような万能感。多分2度と味わえない感覚だと思う。

 

しかし、案外簡単に擬似ゾーンに突入する方法があることを知った。

泥酔である。

 

泥酔

こと女の子を引っ掛けることにおいて無類の強さを発揮する友人がほど近くにいる。酒を飲んだ時の彼のコミュニケーション能力はずば抜けているのだが、彼が酒に酔った時すでに僕も酒に酔っているのできちっと把握できているか怪しい。

薄れゆく記憶の中で何度も見た彼の芸術的ナンパとコミュニケーション活動の数々。

そして気がついたら女の子といなくなっていたり、女の子と寝てたりという武勇の数々。

それはそれで立派なゾーンなのではないかと、最近思うようになってきた。特に自分の記憶の外で事を為しているあたり、ゾーンに類似する。慣れ親しんだ動きを集中状態の中で無我夢中かつ完璧に履行するのだ。

 

なるほどゾーンに入るには泥酔すればいいのか

短絡的な答えに行き着きそうになったがしかし、僕はそこまで馬鹿じゃなかった。

 

ゾーンと泥酔の違い

聡明な諸君はおわかりだろう。

ゾーンはある能力が研ぎ澄まされて伸長しきった時点での境地だが、泥酔はある能力以外の能力が弛緩しきった結果逆説的に研ぎ澄まされてしまった境地である。あらゆる力が減退し、その残滓が泥酔。ある種マイナスのゾーンこそ泥酔であると言っていいかもしれない。

僕は泥酔すると本当にダメになる類の人間で、なんの残滓も無くなってしまうのだが、彼は泥酔すれどなおコミュニケーション能力だけは手放さない。愚かだが立派であり、立派だが相当愚かだ。

側から見ていて面白いからいいのだが、僕も酔っ払っているので本当に面白いのか酔っ払っているから面白いのかすらもわからない。

ズブズブのダメダメである。

 

 

過ちを超えて

二十代半ば。

責任をある程度負いながら案外無責任でいられる稀有な時期だと最近よく思うので、程よくゾーンに入りながら生きていきたい。何も残らないゾーンだが、泥酔の末に手放さないものを何か見つけたい。

完成がわからない

最近夜なべしている。自己顕示欲と日ごろ溜まった心の垢を吐き出すべく曲をせっせか作っている。今日時間が取れたので没頭した結果、ある程度形になった。

完成かなーと思った。でもいくらでもアラは見つかる。潰せど潰せど違うところが目立ってきてしまう。目指すところが曖昧で、どこまでどうしたら完成なのかがわからないのである。

これはガウディとは決定的に違う未完成だ。ガウディの未完成には完成がある。ガウディが指し示した完成図が存在する。僕の曲は違う。僕は完成図を知らない。僕が完成図を探すために完成に向かって曲を仕上げている。全くもって哲学。

勝負はマスタリングだ。それはよくわかっている。音圧を上げて、音のバランスを整える。聴きやすくなればいいのだが、聴きやすいってなんだろうかと自問。モタモタした部分がなくなったら聴きやすいかなと仮説を立てて低音域カットしても、今度はかしゃかしゃ鳴ってうるさい。間をとっても、どうも悪いところ同士が目立ってしまう。

必勝パターンを作れたらどれだけ楽だろうかといろいろ試すのだが、膨大な数のプラグインを組み合わせるのが手間で手間で仕方ない。対照実験するのも苦しいレベルの音色量。そして、諦める。

0を1にするより1を磨くことの難しさを突きつけられている。アイディアマンがいても、アイディア実行マンがいなければダメなのだ。しかし作曲は孤独で、全てを兼任せねばならない。誰に褒められるでも認められるでもない作業。自己満足自己完結の作業に時間を潰しまくる。不毛だ。しかし気持ちいい。そして苦しい。

行き当たりばったりじゃなく、方法論を一度学んだほうがいいのだろう。ネット叩けば埃ほど出てくるはずだ。

眠気を引きずり、再び完成の無い荒野に向かう。

約束不履行のポジティブシンキング

予定とか約束は破るため破られるためにあると、よく言う。結ぶのは解くため、繋がるのは離れるため。夢見てるから儚くて、探すから見つからなくて、信じた瞬間裏切られる。Mr.ChildrenやBUMP OF CHICKENの常套手段この詭弁に、なるほどと思う半分、ふざけんなって思う。じゃあ生まれなきゃ良かったじゃん。生まれなきゃ死なないじゃん。それじゃダメだろう。本末転倒だろう。探して見つからないのを知ることが大事なんじゃないか。見つからないのを知って、また違うものを見つけにいくんじゃないか。いくつも夢破れて選んだ道が今なんだろう。選んだのか残ったのか知らないけど、選択と敗北と勝利の結果が今だ。そして、まだまだこれからいくらでも分かれ道がある。儚かろうと結実しようと、たくさん選びとってたくさん捨てて、生きていく。

できないやわからないを知ることで強くなれるのが人間だ。僕らには反省と改善という最強のカウンターパンチがある。どんな敗北もどんな惨めも、反省を活かして改善するとほんの少しだけ賢く強くなれる。以前の惨めを越えた先、また新たな惨めが広がり、それをまた超克していく。それが人生。それこそが人生の醍醐味だ。

つまり僕が仮に約束をすっぽかそうと、反故にしようと、活かし用によっては糧になる。多大な迷惑と時間の浪費とお金の浪費が重なろうと、それを次活かせば行ってこいでプラマイゼロなのではなかろうか。僕は次絶対忘れないようにしようと肝に命ずるし予定管理をガチガチにやって行こうと心に決める。先方はどうだろう。こいつは信用しないようにしようと思う。多分そうだ。きっとそうだ。

悲しい。かなしいなぁ。

信頼って、大事だなぁ。

雨降って

昨晩窓の外が荒れていた。風に乗って猛スピードで窓に雨粒が突っ込む。雨粒の雨粒としての人生が終わっていく音を聞く。その風は神風なのだろうか。

二つ前に住んでいた世田谷の家。木造のアパートだったもんだから雨風物音寒暖にはめっぽう弱かった。強風のせいでぶるぶるぶると震度3くらい余裕で揺れる。雨音はほっぺに叩きつけられているかのような激しさで、カミナリが近所の森に落ちた時なんかは5センチくらい宙に浮いた。冬の朝、室温は3度まで下がったかと思えば、夏日中には37度まで上がる。ほぼ外と変わらない気候だった。

何年か前の記憶をなぞりながら、雨音とともに眠りに落ち、起きてみたらなんてことのない快晴。ここのところ暇を見つけて走っているもので、今朝もいつもの公園まで駆けた。昨晩の暴風雨はものの見事に空気中の埃を落とし、花粉にまみれた最近ではまず無いほどに澄んだ空気が広がっていた。


雨降って地固まる、雨の後に虹かかる。明けない夜も出口のないトンネルもない。

しんどい日々を過ごしていると感受性がそれこそ雨後の筍のようにむくむくと育つようなのだが、最近は特段苦しみ抜いているわけでもなく、雨めんどくせーなー、晴れて良かったーくらいの感想しか抱かない零細感受性人間と化している。

春の日差しを遮ることのない空気。気持ち良さや心地よさは感受性の壁をいとも簡単に越えてくる。こういう日と巡り合うために走っている気もするし、こういう日はスピード出し過ぎて酷くバテる。


陽気は長く続かず、もう曇天もいいとこ今にも雨が降りそうである。今朝が本当に嘘のようだけれど、体は疲れているのでやはり嘘ではないようだった。